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ローラーブレードでテコンドーに通った日本人の子どもたち

昨日、ソウルに住んでいたときの友人に会いました。
ソウルでの思い出話に花が咲いて、みんなで大笑い。

とくに懐かしかったのが、テコンドーに通ったときの話です。

小学校高学年のころ、ローラーブレード(インラインスケートというのでしょうか?ローラーが一列についたローラースケートのようなもの)が流行った時期がありました。

わたしたちも、ローラーブレードが欲しいと大騒ぎして、東大門運動場まで買いに行きました。

ローラーブレードに熱中していたわたしたちは、どこに行くときもローラーブレードをはいて行きたくて、ついには毎日のテコンドーにもローラーブレードで通うようになりました。テコンドーの道着を着て、足下はローラーブレードといういでたち・・・。

韓国では、子どもがテコンドーの道着を着たまま遊んでいるのはそんなに珍しいことではなかったのですが、ローラーブレードはさすがにミスマッチだったと思います。

そうして、毎日はりきってテコンドーの道場に向かうのですが、当時(今も?)わたしたちの住んでいた町の歩道は、ブロックががたがたで、ローラーブレードががたがたがたがたつっかかって、スムーズには進まないのです。

友人も、「脳みそが揺れる感じだったね」と振り返っていました。

がたがた道を越えて、やっと道場のある建物にたどりつくと、今度は4階までの階段を、手すりにしがみつきながら恐る恐るのぼっていきます。

4階にたどりつくころには、すっかり遅刻していて、恐い顔をして待ちかまえている先生(師範?)に「ローラーブレードで来るな!!!」と叱られたものでした。

テコンドーの道場では、何か悪さをしては叱られてばかりいて、韓国の子どもたちにも、「懲りないやつらだなぁ・・・」という目で見られていた気がします。しょっちゅう怒鳴られていましたが、言葉がわからないのをいいことに半分は聞き流していて、のびのび楽しく過ごしていました。

大学生になってソウルに遊びに行ったとき、そのテコンドー道場を訪ねたことがあります。少し年をとった先生(師範)は、わたしを見て、笑顔で「なおき!」と抱擁してくれました。「なおこなんですけど・・・」と思いながらも、自分を覚えてくれていたことがとても嬉しかったのを覚えています。

テコンドーといえば、友だちが通っていた別の道場では、先生(師範)が「日本人の子どもたちもいるから、韓国の国旗だけじゃなくて、日本の国旗も飾ろう」と言って、太極旗の横に日の丸を貼ってくれていました。その道場にも去年遊びに行ったのですが、「今はアメリカ人の子どももいるから」ということで、国旗が三つになっていました。

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プロフィール

なおこ

Author:なおこ

韓国ソウル育ち
NPO多言語多読(東京・東中野)にて韓国の絵本を読む「韓国語多読の会」を主宰
韓国の本のブックカフェCHEKCCORIの店長
韓国語教室ことばの森ソルレム(東京・恵比寿)運営
「韓国語単語帳」アプリ開発
2013年に韓国語能力試験6級に合格
次の目標はハングル能力検定1級
職業は日本語教師

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