「翻訳」への憧れ

子どもの頃、母が英語翻訳の仕事をしていて、家に当時はめずらしかったFAXとワープロと、持ち上げられないほど重たい辞書がいくつかあった。記憶に刻まれた「翻訳」というのは、その分厚い辞書をぺらぺらめくる母の姿と、FAXから延々と流れ出て床に溜まる感熱紙のイメージ。パソコンのない時代だから、原稿は長さのぶんだけFAXから流れ出てきて、くにゃくにゃ丸まって電話台の床に溜まっていた。その謎の英文が書かれた長い紙が小学校1年生くらいのわたしにはしびれるほどかっこいいものだった。その憧れが英語への熱になって、わたしは人一倍英語にかぶれ、文集に将来の夢は翻訳家と書いたりもして、洋楽を一生懸命聞き、大人になってからは韓国語にはまった。語学への熱のはじまりに、翻訳への憧れがあるような気がする。

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  1. 2016/05/14(土) 01:06:25|
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